思い出の食事

人生でもっとも思い出深い食事ってありますか。


私が印象に残っているのは10年近く前になるだろうか、新千歳空港のビルに入っている(今もあるだろうか)お寿司屋さんでの食事だ。

土産物屋が立ち並ぶ一角の、7〜8席しかない小さな立ち食いの寿司屋。
緩いカーブを描いた半円のカウンターの向こうには職人が2人、黙々と寿司を握る。
飛行機を待つ間にさっと寿司をつまんだ客がくるくると入れ替わる。
注文はタブレットでオーダーする。
どれも北海道ならではの豪華で新鮮なネタばかり。
目を見張るほど美味しかったのを覚えている。

私たち夫婦が夢中で食べているさなか、30代くらいのカップルが入ってきた。
2人は手話で話していた。
男性はストリートファッションで、不機嫌だったのだろうか、眉間に寄せたシワと相まって少し怖い印象だった。
私の席から彼の仏頂面がよく見えた。

カップルのオーダー後、しばらくして寿司が出された。
手話の彼は寿司を一口で頬張ったとたん、驚いたような顔をして、連れの方を向いてぐっと親指を立ててみせた。
破顔一笑ってこんな顔のこと?
無表情からの、子どものような眩しい笑顔が見ていて気持ちよかった。

そう。びっくりするくらい美味しいよね、ここのお寿司。
私は嬉しくなりながら、彼の表情をそっと窺っていた。
人ってこんなにいい表情するんだ。
美味しいもの食べると幸せだよね。
こんな笑顔にさせられる人ってすごい。
料理って偉大だ。

私たち夫婦で、あの一コマは今でも話題にのぼる。
あの手話の彼、すごく幸せそうだったよね。
あのお寿司屋さんに行くためだけに北海道に行ってもいいね、って言い合う。